【第1回】なぜ今、論理的思考力が求められているのか
論理的思考力は、ビジネスパーソンにとって必須のスキルだと言われますが、「自分には関係ない」「難しそうだから避けたい」と感じている方も多いのではないでしょうか。
しかし、VUCA時代と呼ばれる先行き不透明な現代において、論理的思考力の重要性は増すばかりです。あなたの思考の質が、仕事の成果を大きく左右すると言っても過言ではありません。
例えば、自分の考えをまとめて人に説明する際、ついつい感情的になったり、要点がずれてしまったりして「結局何が言いたいの?」と聞き返されたことはありませんか。また、会議で議論が紛糾したとき、本質的な問題の所在が見えず、堂々巡りの議論が続いたという経験はないでしょうか。
論理的思考力は、そんな悩みを解決し、ビジネスの難所を乗り越えるための確かな羅針盤となります。
この連載では、身近なビジネスシーンで活きる論理的思考力の鍛え方を、具体的な事例を交えながらご紹介していきます。論理的に考えることが苦手だと感じている方も、この連載を読み進めることで、思考の引き出しを増やすヒントが得られるはずです。
連載第1回目のこの記事では「VUCA時代に論理的思考力が求められる理由」について詳しく解説します。論理的に考えるのが苦手の方や、思考の質を高めたい方は是非、最後までご覧ください。
論理的思考力がVUCA時代を生き抜くカギ
VUCA時代を生き抜くカギは、知識や経験を活用しつつも、それらを超えた新たな思考法にあります。私たちを取り巻く環境が加速度的に変化するなかで、その変化の本質を捉え、新たな価値を創造する力が求められています。
世界を舞台にした競争が激化する一方で、私たちが直面する問題はますます複雑化し、従来の知識や経験だけでは太刀打ちできない未知の問題が次々と現れています。
かつて多くの日本企業が得意としてきたハイコンテクストなコミュニケーションは、同質性の高い集団では効果的でしたが、グローバル化が進み、多様な価値観を持つ人々が交わる今日では、意思疎通を妨げる要因となりつつあります。
こうした時代を生き抜くためには、物事の本質を見極め、問題を構造化し、仮説を立てて検証する力、すなわち論理的思考力が不可欠です。加えて、自分の考えを論理的に整理し、相手に分かりやすく伝えるとともに、相手の意見に耳を傾け、その背景にある価値観を理解することで、多様性を活かしたイノベーションを生み出すことができるでしょう。
変化が常態化したNew Normal(ニューノーマル)の時代。知識と経験を土台としながら、それらを超越した思考法を磨き、複雑化する問題と未知なる問題に立ち向かう。そして、多様な人々と協働し、新たな価値を創造する。それが、これからの時代を生き抜くためのロジックなのです。
この記事では、将来が見通せない時代において、論理的思考力が必要とされる理由を3つの観点から探っていきます。
知識と経験の価値暴落
近年、私たちを取り巻くビジネス環境は加速度的に変化し、先行きが不透明な時代を迎えています。このような時代は、VUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)の頭文字を取ってVUCA時代と呼ばれています。
そんなVUCA時代において、知識や経験の価値は暴落したと言われています。
知識と経験のオワコン化
知識や経験の価値が暴落した理由は主に2つあります。
1つは、最新の情報に速やかにアクセスできるようになったことです。インターネットの普及とデジタル技術の発展により、私たちは瞬時に膨大な情報にアクセスできるようになりました。昔は海外の情報を得るために、現地の新聞を取り寄せたり、実際に現地に赴いたりする必要がありましたが、今ではインターネットを通じて簡単に海外のニュースやデータにアクセスできます。
このように、情報収集の手段が大きく変化したことで、知識や経験の価値も変わってきました。以前は情報収集に多くの時間と労力が必要だったため、経験豊富でさまざまな知識を持つ人材が重用されていました。しかし今や、スマートフォン1つで世界中の情報を瞬時に手に入れることができるようになったため、個人の知識や経験の価値は相対的に下がったのです。言い換えれば、現代社会では、膨大な情報をいかに効率的に収集し、活用できるかが重要になっており、単に知識が多いだけ、あるいは経験が長いだけでは、以前ほどの価値は認められなくなったということです。
もう1つは、環境変化が激しいため、過去の知識や経験が通用しにくくなったことです。VUCA時代の特徴は、ビジネスを取り巻く環境が非常に速いスピードで変化することです。環境変化が緩やかだった時代は、これまで蓄積してきた知識や経験を活かすことで、自分たちが直面する問題を解決することができました。
しかし、テクノロジーの進歩やグローバル化の影響により、市場環境や競争環境の変化は加速し、従来の常識や前例が通用しなくなるケースが急増しています。例えば、かつては店舗を構えることが小売業の常識でしたが、今ではECサイトを中心に販売するD2C※のビジネスが当たり前となっています。このような変化に対応するには、過去の成功体験にとらわれることなく、新しいビジネスモデルを柔軟に取り入れていく必要があります。対面販売のみに固執していては、時代の変化に取り残されてしまうでしょう。
- D2C:Direct to Consumerの略。例えばアパレルメーカーが自社ECサイトを通じて商品を直接消費者に販売するなど、小売店を介さずに商品を届けることで、流通コストを削減し、顧客との関係性を強化するビジネスモデルを指します。
競争優位性はロジックへの親和性
ここで留意すべきは、知識や経験は本来、ある特定の状況における「固有解(答え)」だということです。つまり、ある問題が発生したときに、「どうしたらその問題を解決できるか(解決できたか)」という問いに対する答えが知識や経験なのです。さらに言うと、その答えは、過去のある時点での答えであって、今この時点においても適用できるとは限りません。もちろん、抽象化し、普遍化することでその知識や経験が適用される場面は増えますが、それさえあればどんな状況でも通用する『魔法の杖』ではありません。
なぜ問題が発生したのか、どんな状況で問題が発生したのか、なぜそれが問題なのか、あるいはそれに対してどう向き合うべきなのかといった前提が変われば、おのずと導かれる答えも変わってきます。過去の経験をそのまま適用したり、表面的な知識を丸暗記したりするだけでは、環境の変化に対応することはできません。
例えば、過去のマーケティング手法を現在のSNS時代にそのまま当てはめても、うまくいかないことが多いでしょう。なぜなら、消費者の嗜好や情報接触のあり方自体が変化しているからです。そのマーケティング手法がなぜ上手くいっていたのか、その手法の背景にあった原理原則を正しく理解し、それを新しい状況に応用する力がなければ通用しません。
このように、常識にとらわれず、物事の本質を捉える力、そして過去の経験則に頼るのではなく、その背後にあるロジック(因果やつながり)を理解する力が求められています。変化の激しい時代において、この力こそが競争優位の源泉となるのです。それを支えるのが、論理的思考力なのです。論理的思考力とは、物事の本質を見抜き、構造化する力のことを指します。複雑な問題を整理し、仮説を立て、それを検証することで、より最適な解を導き出すことができるのです。
問題の複雑化と未知なる問題の増加
テクノロジーの進歩やグローバル化の影響により、私たちが直面する問題は多様化し、複雑化しています。加えて、これまで人類が経験したことのない、全く新しいタイプの問題が増えてきているのもVUCA時代の特徴です。
多様化、複雑化する問題への対応
まず、問題の多様化と複雑化について具体的に見ていきましょう。テクノロジー、特にAIやIoT※の発展により、従来の業務プロセスが大きく変わろうとしています。例えば、小売業界ではAIを活用した需要予測や在庫管理が進んでおり、販売員の業務はより顧客対応に特化しつつあります。また、製造業ではIoTを活用した設備の予知保全や品質管理が進み、工場のオペレーターの役割が変化しています。これらの新技術を効果的に活用するためには、単に既存の業務を自動化するのではなく、業務全体を見直し、最適化する必要があります。
- IoT:Internet of Thingsの略。身の回りのモノがインターネットに接続され、データを収集・分析・制御する技術を指します。例えば、スマート家電は使用状況をメーカーに送信することで最適なメンテナンス時期を知らせてくれます。
さらに、グローバル化の進展により、世界中の企業との競争が激化しています。日本企業が一時代を築いた家電業界も、今や米国や中国、韓国の企業に主役の座を奪われ、かつての面影はありません。日本が誇る『メイド・イン・ジャパン』も、過剰品質と揶揄され、通用しなくなりつつあります。こうしたグローバル競争に勝ち抜くためには、自社の強みを生かしつつ、現地の文化や習慣に合わせたローカライズを行うことが不可欠です。
複雑な問題を解決するためには、多様な視点から問題を捉え、関連する情報を整理・統合する能力が必要となります。しかし、単に情報を羅列するだけでは不十分です。問題解決に向けては、収集した情報がどのように関連しあっているのかを理解し、それぞれの要素が互いにどのような影響を及ぼし合うのかを踏まえたうえで、戦略を立案していく必要があります。
例えば、ローカライズに取り組む際には、現地の文化や習慣、購買力、ライフスタイル、価値観など、さまざまな分野の知見を総合的に分析し、それらの相互の関係性を理解することが重要です。ある要素の変化が他の要素にどのような影響を与えるのか、複雑に絡み合った因果関係を紐解くことで、より効果的な施策を打ち出すことができるでしょう。つまり、複合的な問題の解決には、分野横断的に「知」を統合し、それらの相互作用を読み解く力が不可欠なのです。
未知なる問題への解決策の提示
次に、未知の問題の増加について見ていきましょう。AIの発展に伴い、AIによる意思決定の透明性や説明責任をどう確保するか、AIによる自動化が雇用に与える影響にどう対処するかといった、AI特有の倫理的・社会的な問題が浮上しています。テクノロジーの進歩スピードに法整備や規制が追いつかず、従来の常識や前例では対処が難しい、まさに未知の問題と言えるでしょう。
新しいタイプの問題に対応するためには、過去の経験や知識に頼るのではなく、ゼロベースで問題の本質を見極め、創造的な解決策を考え出すことが求められます。問題の本質とは、その問題に最も大きな影響を与えている要因や、問題の中心となる要素のことを指します。表面的な現象にとらわれることなく、問題の根源を探り当て、それに対処することが重要です。
創造的な解決策を生み出すためには、既存の枠組みにとらわれない柔軟な発想が不可欠です。例えば、二項対立的な思考から脱却し、両者の長所を取り入れた第三の選択肢を見出すことが有効な場合があります。これは弁証法的な発想とも言えるでしょう。ヘーゲルの弁証法では、二つの対立する概念(正反合)から、より高次の概念を生み出すことを「アウフヘーベン」と呼びます。このような発想法を応用することで、一見相反する要素を調和させ、新たな解決策を生み出すことができるのです。
実際のビジネスシーンでも、アウフヘーベン的思考を応用した取り組みが見られます。その一例が「ワーケーション」です。
ワーケーションは、従来のように仕事とプライベートを対立的に捉えるのではなく、両者を組み合わせることで新たな価値を生み出す試みです。具体的には、リゾート地など普段とは異なる環境で仕事をすることで、創造性が刺激され、新たなアイデアが生まれやすくなります。同時に、仕事の合間にリフレッシュの時間を確保することで、モチベーションも高まるのです。
つまり、ワーケーションは仕事とプライベートという二項対立を乗り越え、両者のメリットを引き出すことで、働き方の質を高める効果があります。まさに、新たな次元で物事を捉えたアウフヘーベン的思考の実践例と言えるでしょう。
未知の問題に立ち向かうためには、このように物事を多角的に捉え、本質を見抜く洞察力と、既存の枠組みを超越する創造力が求められます。そうした力を磨くことで、私たちはこれまでにない課題に立ち向かい、新たな価値を生み出していくことができるでしょう。
ハイコンテクスト文化の終焉
長らく日本企業が当たり前としてきた「同質性」の高さが通じない時代になろうとしています。インターネットの普及やグローバル化の進展により、多様なバックグラウンドを持つ人々とコミュニケーションをとる機会が増えました。そうした影響を受けて、個々人が持つ価値観も多様化してきたのです。
同質性の高さに依存したコミュニケーションの限界
かつての日本社会は、比較的同質性の高い集団で構成されていました。同じような文化的背景を持ち、共通の価値観を共有する人々が多数を占めていたのです。そのような環境では、言葉で明示的に表現しなくても、お互いの意図を汲み取ることができました。相手の反応を見ながら、雰囲気や文脈から意味を読み取る。このようなコミュニケーションスタイルは、ハイコンテクスト文化と呼ばれ、日本社会の特徴の一つとされてきました。
しかし、インターネットの普及やグローバル化の進展により、国内外から多様な人材が集まる現代社会においては、このようなハイコンテクストなコミュニケーションは次第に通用しなくなってきています。言葉で明示的に表現されない部分が多いため、文化的背景や価値観が異なる人々には、意図が正確に伝わらないことが少なくありません。
例えば、日本人同士では『空気を読む』ことが暗黙の了解となっていますが、そうした感覚を持たない外国人メンバーにとっては、何を期待されているのか分からず戸惑ってしまうかもしれません。あるいは、年齢や性別、ライフスタイルが異なるメンバー同士では、同じ言葉を使っていても、受け取り方が大きく異なることがあります。
昨今の人手不足の深刻化によって、この問題はさらに顕在化しつつあります。総務省の労働力調査によると、2023年の有効求人倍率は約1.3倍と高水準で推移し、外国人労働者数は過去最高の204万人に達して初の200万人超えを記録しました。優秀な人材を確保するために、多様なバックグラウンドを持つ人々を受け入れざるを得なくなっているのです。
論理的コミュニケーションの必要性
こうした状況下では、これまでのような新卒で採用されたプロパーの日本人男性を中心とした、暗黙の了解に基づくコミュニケーションは通用しません。異なる文化や価値観を持つ人々と効果的にコミュニケーションを取るためには、自分の考えを論理的に整理し、明確に伝える力が必要となります。
具体的には、問題点を論理的に分析し、データやエビデンスを用いて自分の考えを裏付けること、ストーリー性を意識して分かりやすく伝えること、相手の理解度を確認しながら柔軟にコミュニケーションを進めることなどが求められます。
すなわち、「今、どんな状況なのか」「どこを目指しているのか」「どんな価値観を大切にしたいのか」といった情報を各々が言語化する、いわゆる「ローコンテクスト化」が求められているのです。ローコンテクスト化とは、コミュニケーションにおいて、言葉で明示的に表現されない部分を減らし、可能な限り情報を言語化することを指します。
また、相手の意見を傾聴し、その背景にある価値観や前提条件を理解することも重要です。単に自分の意見を押し通すのではなく、相手の考えに耳を傾け、異なる視点を受け入れる柔軟性が求められます。
そのためには、自社の文化や価値観を言語化し、社内外のステークホルダー(利害関係者)と共有すること、相手の立場に立って物事を考え、論理的に自分の意見を述べること、そして対話を通じて互いの理解を深めていくことが重要になります。多様な意見をすり合わせ、統合していくことで、より優れた解決策を生み出すことができるはずです。
論理的思考力は、このような多様な人々とのコミュニケーションを円滑に進めるうえでも不可欠なスキルだと言えます。自分の考えを論理的に整理し、相手に分かりやすく伝える。相手の意見を傾聴し、その背景を理解する。こうした論理的コミュニケーション能力があってこそ、多様性を活かした創造的な組織づくりが可能となるのです。
おわりに
VUCA時代を生き抜くためには、知識と経験を活用しつつも、それらに頼りきるのではなく、物事の本質を見抜く論理的思考力を身につけることが何より重要です。
私たちが直面する問題はますます複雑化し、予測不可能な未知の問題が次々と現れるなか、過去の成功体験に固執していては、変化に対応することはできません。大切なのは、知識や経験の背後にある原理原則を理解し、それを新しい状況に応用する力を磨くことです。
加えて、グローバル化が進展し、多様な価値観を持つ人々との協働が不可欠となる今日、ハイコンテクストなコミュニケーションに頼るのではなく、自分の考えを論理的に整理し、相手に分かりやすく伝える能力も求められます。同時に、相手の意見を傾聴し、その背景にある価値観を理解することで、多様性を活かした創造的な問題解決が可能となるでしょう。
変化が常態化した時代を生き抜くためには、私たち一人ひとりが論理的思考力を磨き、アップデートし続ける必要があります。そして、その力を土台に、多様な人々と協働し、新しい価値を生み出していく。それが、これからの時代に求められるビジネスパーソン像です。
本記事では3つの観点から、「なぜ今、論理的思考力が求められているのか」について詳しく解説してきました。
論理的思考力は、一朝一夕に身につくものではありません。しかし、日々の業務のなかで意識的に論理的思考を実践し、継続的に学び続けることで、着実に成長することができるはずです。
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